チューニングを楽しむための動的感性工学概論 §2


トー変化をどうコントロールするか?
本格的スポーツカーのサスペンションに挑んだ。

大成功をおさめた初代RX-7に引き続き、2代目も必ずヒットさせよう!その強い決意のもと、2代目RX-7(FC3S)の設計、開発がスタートしました。その当時はマツダも石油ショックから立ち直っており、私たちはアメリカ市場を十分に観察することと、2代目RX-7の方向性を固めるために、コンセプトトリップとしてアメリカ各地を走り回りました。その時にはもう、サスペンションは独立懸架で行こうと考えを固めていました。ポルシェ924のあとに944が出ており、これらに負ける訳にはいかないと考えたからです。また当時マツダでは、コスモやルーチェがセミトレーリングを採用していましたので、2代目RX-7もセミトレーリングを候補としました。

B360トラック2代目RX-7

初代のパッケージング・コンセプトを踏襲しつつ、開発をスタートするにあたり2つの大きな技術的目標を設けました。第一にスポーツカーとして「Too Nervous!」と言われた初代のイメージを払拭すべく操縦安定性能を更に高めたい。さらに可能な限りバネ下を軽量に作りたい、この2点です。

初代はフロントミッドシップ・パッケージングを活用してヨーモーメントを抑え、ステアリング操作に対するヨー変化の応答性を高めました。しかし、そこで問題になったのが後輪のトーの変化のコントロールでした。

ここを安定させないと唐突な挙動変化が起きて、それが楽しいという見方もあったのですが、一般のドライバーには制御し辛い神経質な操縦性と感じられたからでした。そのために2代目では何とかリアを落ち着かせたいと考えて新技術に挑んだのです。
サスペンション全体の構成を考えていく中で、フロントはスペースも取りやすく、重量も軽く、完成度の高いマクファーソン・ストラットタイプにしました。そして、バネ下重量を軽減するために、日本で初めてのアルミニューム・サスペンションアームを採用する事に決めました。
最初は、このアルミニューム・アームを鋳物で生産するつもりでした。鋳物で作ると製品に「鋳巣」が入りやすいので、全数レントゲン検査する必要があるのですが、ポルシェなども鋳造アルミニュームのサスペンションアームを採用していましたから、出来ると信じていました。しかし、レントゲンの検査ラインを作るのにも大きな設備投資が必要でしたので、強度に優れ、品質の安定した、航空機用部品の技術である鍛造アルミニュームに変更しました。
しかしながら、これの製造コストがかなり高かったのです。1本のコストは通常のマクファーソン・ストラットなら一台分にも相当する価格でした。今思うと、よく採用になったものだと思います。営業や宣伝と協議した結果、日本初の足回りへのアルミ採用も2代目のセールスポイントにしようということで、採用が決定されました。

更には、リアのトーコントロールハブにも溶湯鍛造のアルミニューム・ハブを採用しました。バネ下を軽く作る目標を達成するためです。この溶湯鍛造のリアハブはマツダ初の技術でしたから、当初は色々なトラブルに見舞われましたが、技術研究所の力を借りて、ひとつひとつ問題を潰し込んで行きました。技術研究所も、自分たちの研究技術 が量産に反映される訳ですから、誇りを持って喜んで協力してくれました。
そして次には、生産技術です。初めはひとつの型でアルミニューム・ハブが2万個以上生産可能だと言っていたのですが、いざやってみると5千個くらいで型がダメになってしまうのです。そこで、製品の形状の見直しを行ったりして、うまく型寿命が延びるように改善していきました。生産技術と一緒に知恵を絞りました。設計をした、それ作れ、とやっても良いものは出来ません。共に考えながら進めることで実現出来る訳です。
これら以外にも多くのアルミニューム部品を採用しました。ブレーキキャリパー、エンジンマウントやデファンレシャル・ケースなどです。

PARTS1
アルミパーツ群
PARTS2
アルミボンネットフード

当時ポルシェ928という車があって、バイザッハアクスルというものが採用されているのですが、これが横力トーインを実現するためのひとつの理論です。コーナリング中にアクセルを緩めるとフロントがタックインして、リアがスーッと逃げてしまうのをトーインに向けて、あくまでも安定性を増してやるという考え方です。

rear_sus リアサスペンション アッセンブリー

リアサスペンションには、独立懸架のセミトレーリング・リンク+マルチリンクタイプを採用しました。そもそも、セミトレーリングは、横荷重が掛かるとアームブッシュがたわんで、トーアウトになり、横力が抜けると今度はタックインして操縦性に大きな問題が出ます。その頃、マツダでもコンピューター解析が導入されており、この技術を解析してみたらヨーゲイン(車の曲がり易さ)の良い特性データが得られました。セミトレーリング・アームで、荷重によりトーアウトになることを打ち消す仕組みが出来れば、操縦性の良いものになる・・・。そう考えてトーコントロールハブのアイディアを商品企画と練って行きました。そして、この機構でパテントをとり、更には自動車技術会「技術開発賞」を受賞しました。その発想は、リアのトーインを発生させるために、1点を中心にピロボール(C点)としてハブの1点を固定し、これに横力とか、ブレーキ力とかトーアウトを誘発する力が入って来た時に、リアホイールがトーインになるように設計したのです。

トーコントロール構造図
トーコントロールハブ構造図
コーナーリング特性図
トーコントロール特性
パテント
トーコントロールのパテント

この機構によって、車線変更などでステアリングを切った時に、リアの外側のタイヤに荷重が掛かり、トーがインに向いて、リアのヨーが発生しないで車線変更が出来るのです。また、エンジンブレーキ、制動時、駆動力に対しても、トーインするように工夫してセットしました。こうすることで、常にリアタイヤのグリップ力を最大限に発揮できる訳です。

※図をクリックすると拡大画像が立ち上がります。
作動図
旋回時に後輪の中央に外側から力が掛かり、ストッパーつきB点のブッシュが0.4Gを超えると変形し、A点のブッシュの変形を促して後輪をトーインに向ける。
作動図2
エンジンブレーキは、後輪中央に前から掛かる。本来ならトーアウトになってしまうが、B点ストッパーによってトーアウトにならず、ピロボールC点を中心にホイールハブを後ろへ押す力となる。

同時に、コントロールリンクをもつコントロールアームとラテラルリンクからなるキャンバーコントロール機構により、キャンバー角も最適に確保してコーナリングの安定性を高めました。トレーリングアームは、ストロークした時に円弧を描いて上下しますが、この時に通常は動いてしまうコントロールアームが、コントロールリンクによって動きを拘束されることにより、トレーリングアームには追従せず、円弧を描くトレーリングアームに外側にねじるように力を加えて垂直方向の動きに矯正する働きをします。これによって、常に適正な対地キャンバーを維持します。

※クリックすると拡大画像が立ち上がります。
キャンバーコンロール機能図C点は、A,B点を結ぶ軸を中心に円弧を描くように揺動する。この時コントロールアームも動くが、コントロールリンクによって拘束されているので、トレーリングアームに追従せず、円弧を描くトレーリングアームを外側に押し出し、路面に対して垂直に保つように働く。

前述したように、フロントサスペンションには鍛造アルミニュームのA型アームを採用し、両端のゴムブッシュは2重ブッシュ構造として、前後方向のコンプライアンスを確保しました。同時に、コーナリング時のハンドリングインフォメーションについても新しい技術を導入しました。それは、タイトなコーナーなどで強い横Gに対応して、アシスト量を増減させるというものです。

ただの速度感応式ではなく、路面からの反力を油圧の変化で読み取り、路面の摩擦係数を演算して、タイヤのグリップ力を失いつつあると判断するとアシスト量を増加して操舵力を軽くします。これにより、ドライバーはフロントタイヤのグリップの限界が近付いている事を感知する事が出来ます。このように操舵系の剛性のみならず、動的感性への配慮を積極的に織り込んでいきました。

そして、リアサスペンションのトーコントロールを解析してみると、ハンドルを切った時のヨーゲインの減衰データにかなり良い結果が出ました。初代からの系譜でロータリーエンジンをフロントミッドシップにレイアウトしていますから、重量配分は理想に近い値(50.5:49.5/2名乗車時)であり、車両のヨーゲインはかなり良い数値です。つまり、もともとのフロントミッドシップの利点に加え、ヨーそのものを早く、低くなるように抑えたトーイン・コントロール機構によって、高速旋回、エンジンブレーキ、制動時などあらゆるシーンにおいて、2代目RX-7は機敏で優れた操縦安定性を実現したのです。

しかし、反省点もありました。「人間が車を操る」と言う感覚でこのFC3S型RX-7に乗ってみると、つまり動的感性工学の観点からは、リアのトーが動いてはいけないと感じたのです。具体的には、ヨーの発生と乗り手の感性とが一致していない領域があると、動的感性は満足しにくいという事です。ドライバーは、車体と同じ方向に視線を向ける事が安定性として良いと感じます。ですから、後輪がステアーし車体の向きと異なる動きになると、ドライバーにとっては違和感が生じてしまうのです。

貴島氏

動的感性工学の定義は難しいのですが、一言で言うならば「人馬一体」。ドライバーの意思、予測、期待に車が寄り添って反応する事です。その意味では、ステアリング操作に対するヨーゲインの在り様は、典型的な課題です。
それゆえ、その後のFC3S型RX-7のマイナーチェンジでは、リアのトーコントロール量を減らし、積極的にはトーインが発生しない方向でセッティングして行きました。特にアンフィニ・バージョンでは、ほぼ車体に対するトーイン量がゼロになるようにブッシュやアームを固めてゆく事となりました。
苦労をして実現した新技術なのですが、次の3代目FD3S型RX-7では、ついに動かないサスペンションに戻しました。トーアウトもダメならトーインもダメなのです。後輪のトーコントロールは、自動車工学的には有効だったのですが、動的感性としては違和感が残る結果となりました。この事が、私を動的感性工学の研究に向かわせるきっかけとなったのです。

さて、次回に登場する車は、サスペンションの開発のみではなく、主査を務めたNA型とNB型のロードスターです。初の前後ダブルウィッシュボーンのサスペンションや、パワープラント・フレームの採用のことなど、その動的感性工学についてお話をしたいと思います。