| トップページ>ルマン挑戦史 | ||
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ご存知のごとく 、 「ルマン24時間レース 」には一般公道が含まれる。レースの前日まで 、そこはごく普通の生活道路だ。ドライバーの安全を守る設備以外 、特にレース仕様というものはない。路面の状況もさまざまだ。もちろん 、レース直前の数日間を除いて 、テスト走行も許されない。参加車両は、ほとんどぶっつけ本番で 、この高速耐久レースに臨むのである。しかも、真夏だから、昼間の気温は30度以上になる。夜はセーターなしではいられない。突然の豪雨に見舞われることも多い。そして 、いったんピットを通過したら 、13.6キロのコースを一周しなければ、応急の修理を受けることもできない。ここで勝つためには、だから、何よりも「高度な信頼性」や「積極的な安全性」が欠かせない。その意味では、 「ルマン 」こそ究極のストリートなのである。 もうひとつ 、 「ルマン 」を勝つ特別な条件をあげれば 、それはドライバーを疲れさせない性能だ。あまりにシビアすぎる操縦性も 、この意味では失格である。何しろ24時間を走り続けるのだから 、3人交代で走っても 、後半には疲労困憊する。注意力も落ちてくる。ミスも起きる。だから 、 「ルマン 」を走る車には 、運転のしやすさが不可欠なのである。馬鹿げていると思うかもしれないが 、シートの座り心地も無視できない。硬すぎれば 、ドライバーのお尻はあざだらけになってしまう。屋根つきの車の場合は 、空調も重要だ。ベンチレーションが悪いと、脱水状態になる。さすがに音響装備まで要求するドライバーはいないが 、要するに 、 「ルマン 」を走る車は 、一般のストリートを走る車の延長上に存在しているのだ。そこが 、たかだか2時間も我慢すればすむF1との、決定的な違いである。 だから、私たちは会社の設立と同時に 「ルマン 」を走ることにした。ワークスを離れた私たちに、勝つチャンスなどないことは百も承知だった。だが、いやしくも、メーカーが全力を挙げて開発した量産車に、自分達流の味付けをしようとするからには、明確な方向性を持たなければいけない。その旗印こそ、絶対に「ルマン 」だと考えたのである。日常ユースでの快適性を損なうことなく、しかも運転が楽しく、かつ安全であること…。その絶妙のコンビネーションを肌で感じるために、その評価の基準をより高い水準に保つために 、私達はいくつもの 「ルマン 」プロジェクトを敢行したのだった。 以下は、マツダワークス時代の栄光に安住することなく、不屈の闘志で 「ルマン 」を走り続ける寺田陽次郎の記録だ。AutoExeとしての参加は、ロータリーエンジンを搭載した2002年で終了した。以後、寺田は、一人のプロドライバーとして、他チームの助っ人を引き受けている。「目標は最多出場記録の更新 」と笑う寺田の目は、多分、その先に向けられている。紛れもない事実として、世界の名車は、 「ルマン 」から生まれたのである。 |
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yojiroterada.com 寺田陽次郎の公式ウェブサイト。 ルマンブログ、ギャラリーなどコンテンツも充実している。 ACO JAPAN 寺田陽次郎が代表を務めるACO(仏)の日本法人。 ルマン24時間レースファンのための「CLUB24J」の窓口業務も行う。 ACO公式ホームページ 最も早く更新されるのはフランス語ページだが、日本語ページもある。 規則書やVIDEO、グッズが入手可能。 MZ RACING 有志による、マツダのモータースポーツ情報サイト。 世界のサーキットを走るマツダ車の姿と、ドライバー達の嬉々とした表情を伝えている。 |
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