チューニングを楽しむための動的感性工学概論 §16


ロールに関するチューニングでは、荷重移動のバランスに注意が必要だ。

前回に引き続き、ロールをテーマに進めていきます。§15では、ロールの基礎メカニズムについて講義しました。ロール角の計算では、皆さんの抱いているイメージよりもずっと少ない数値だったかも知れません。ドライバーの感覚では、頭とロールセンターの距離が離れているので、小さな角度でも視界の移動が大きくなり、不安な感じを与えているのだと思います。
さて、そのロール角の大小に影響するロールモーメントは、タイヤ側から見ればサスペンションを介して路面を押しつける力です。外輪側では増加し、内輪側では減少するのですが、このように車両重量による本来のタイヤ荷重が変化することを荷重移動といいます。荷重移動は、既習のようにタイヤのCP(コーナーリングパワー)性能を変化させステア特性に影響を与えます。そして、荷重移動が大きいほどその影響も大きくなります。
そこで、今回は、ロールと荷重移動の関係を出発点として、ロール剛性のチューニングの要点を考えてみます。少し遠回りするかも知れませんが、頑張ってお付き合いいただければ幸いです。


■荷重移動の原理:ロールしない左右2輪車
まずは、原理原則を知って頂くために、ロールしない(つまりサスペンションが付いていない)リアカーのような左右2輪車の荷重移動を考えます。走行条件は、前後加速度の発生しない定常円定速旋回状態とします。
荷重移動は、遠心力が重心を押すことで始まります。真横に押された重心は、タイヤ接地面の摩擦力が働くので、内輪から外輪へ荷重が移動し遠心力に対抗します。遠心力が「重心~地表」の距離(重心高)をレバーとして車体に加わり、「重心直下の地表~タイヤ接地面」との距離(トレッドの半分)で、その力を受け止めるのです。

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これを人間の直立状態に例えてみます。人間の「重心」は、骨盤内の仙骨付近と言われます。その高さは、床(足底)から計測すると、成人男性は身長の56%ぐらいの位置にあります。「トレッド」は、両足の間の距離です。骨盤の真横から力を受けた時、自然に押された側の足の力が抜け、逆側の足で踏ん張ることが「荷重移動」です。足を開き骨盤を下げた方が、荷重移動が小さいことがイメージできると思います。

ここまでの原理が分かれば、荷重移動の大きさを知る方法が見えてきます。遠心力による荷重移動は、重心~地表~タイヤを結んだ、L字型のテコの関係が図のように左右で働くことで発生しているのです。L字型のテコの力関係は、テコの原理そのものですから簡単な数式で表せます。

・1輪の荷重移動量(N)×トレッド(m)×1/2=横加速度(G)×車体重量(N)×重心高(m)×1/2

この荷重移動が左右2輪で増減するので、結果的に荷重移動量(荷重差)は下記になります。

・荷重移動量(N)=横加速度(G)×車体重量(N)×重心高(m)÷トレッド(m)÷1/2×2(輪)

ここで(1/2)(×2)を整理すると、こんなきれいな数式になります。

では、具体的な例を使って荷重移動量を計算してみます。
・条件:横加速度:0.5G 車体重量:5000N(約510kg) 重心高:0.5m トレッド:1.5m

・荷重移動量(N)=0.5G×5000N×0.5m÷1.5m≒833.3N

つまり、内輪と外輪の荷重には833.3N(約85kg、車重の16%)の差がつくことが分かりました。
これが、荷重移動の原理原則です。

■荷重移動の原理:ロールする左右2輪車

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次は、この車にサスペンションを付けてロールさせてみます。ロールしない車と何が違うのか考えてみましょう。ロールする車は、右図のように重心高と地表間にロールセンターがあります。ロールセンターより上方は、ロールモーメントによる回転運動になり、下方はロールしない剛体ですから、L字型のテコによるモーメント(面倒なので以後はL字モーメントと呼ぶことにします)になります。つまり、別々に計算して、合算すれば良いだけです

では、最初にロールモーメントによる荷重移動を考えてみます。 ロールモーメントがかかると、それに対抗するサスペンションの内輪側のスプリングが伸びて外輪側が縮みます。

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その伸縮量に対応する力の合計が荷重移動量になります。その計算は、少し面倒ですが、先ずは基本に忠実に、初めにロール角を求めて、それにロール剛性を掛け算します。ロール角の計算は§15で行いましたので、計算式のみ記し前項のロールしない車と比較しやすいように、基本的な仕様は同じで、下記条件を追加した簡易計算とします。
※追加条件:ロールセンター高:0.2m ロール剛性:20000N・m/rad 







・計算: 0.5G×5000N×(0.5m-0.2m)÷20000N・m/rad =0.0375rad(2.141deg)

ロール角が分かりましたので、次にロール剛性と掛け算することで、スプリングにかかる力を求め、L字モーメントと同様にトレッドで割れば、荷重移動量が分かります。


・計算:0.0375rad×20000N・m/rad÷1.5m=500.0N

次に、L字モーメントによる荷重移動を考えてみます。
ここは、ロールセンター高と地表、トレッドの関係をL字モーメントで考えることができます。因みに、ロールセンターは、サスペンションの幾何的な支点で、その位置は、ロールよって移動します。ただし、L字モーメントの計算では、ロールセンターの位置ではなく、その地上高(ロールセンター高)を用います。



・計算:0.5G×5000N×0.2m÷1.5m≒333.3N



従って、ロールモーメントとL字モーメントを足した合計荷重移動量は、「ロールしない車」と同じになります。つまり、簡易計算した場合の荷重移動量は、ロールの有無に関係しないということになります。

しかし、それは、当然の結果です。既にお気づきになった方もいると思いますが、途中の面倒な計算式は、実は、遠回りしただけで、本当はもっと簡単に計算できます。2輪車では、ロール角を決めるロール剛性と、荷重移動量を計算するロール剛性が同じなので、上記の②の計算式に①のロール角を代入すると、ロール剛性の項が消えてしまいます。

・ロールモーメントによる荷重移動量(N)=遠心力(N)×{重心高(m)-ロールセンター高(m)}÷トレッド(m)

さらに、④の式も以下のように単純化され、最後には、ロールセンターの項まで消えてしまうのです。

・荷重移動量合計=②+③=遠心力(N)×{重心高(m)-ロールセンター高(m)}÷トレッド(m)+ 遠心力(N)×ロールセンター高(m)÷トレッド(m)



・計算:0.5G×5000N×0.5m÷1.5m≒833.3N

前後のロール剛性が異なる通常の4輪車ではこうはなりませんが、2輪の場合はロール角もロール剛性もロールセンター高も関係ないということです。つまり、2輪車の簡易計算では、ロールしない車と同じ計算式になるのです。荷重移動は、「車体重量」と「重心高」と「トレッド」という基本的なパッケージだけで決定されるということです。

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では、§15で詳説した厳密な計算ではどうなるのでしょうか。結果は変わります。その理由は、これも前回の講義で触れましたが、重心に重力によるロールモーメントが加わるからです。
簡易計算では、その影響度が小さいので省略されていますが、厳密には、ロールによって車体が傾くため、重心とロールセンターの位置関係がずれて、重心を下向きに引っ張ろうとする重力が加わるからです。つまり、ロール角を厳密に計算することで、簡易計算との差がでるのです。
では、§15で扱ったロール角の厳密な計算式を再記します。ロール剛性から、車体重量(N)×{重心高(m)-ロールセンター高(m)}が引かれていることに注意してください。


・計算:2500N×0.3m÷(20000 N・m/rad-5000N×0.3m)≒0.0405rad(2.323deg)

・ロールモーメントによる荷重移動量(N)=0.0405rad×20000N・m/rad÷1.5m=540.0N・・・①


・L字モーメントによる荷重移動(N):2500N×0.20m÷1.5m≒333.3N・・・②

従って、(①+②)=873.3Nとなり、荷重移動量は、簡易計算と比べ4.8%(40N)大きくなります。この40Nが重力によるロールモーメント分で、ロールするほど荷重移動が大きくなるのです。
だから、厳密に言えば、ロールをしない(少ない)車の方が荷重移動は少なく、操縦性にも有利だということになります。ちょっと細かい話になりましたが、これも、ロール剛性を上げることのメリットの一つです。チューニングの基礎知識として、その大体の理屈を覚えておかれると、どこかで自慢できることがあるかも知れません。§12で解説した通り、荷重移動はタイヤのCP性能に影響を与え、大きいほど内外輪合計のCPは下がる傾向にあります。4輪では、その前後に差が生じると、アンダーステア(US)や、オーバーステア(OS)のステア特性に変化が起きます。
§13では、直接のテーマでなかったので簡易計算で各輪のSAを求めましたが、本当はこの程度の誤差が含まれていたのです。

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■荷重移動の原理:ロールする4輪車
次はステア特性への影響を詳しくみるために、4輪車におけるロールと荷重移動の関係を考えてみます。

計算の手順は、ロールによる荷重移動にはホイールベースが関係しないので、①ホイールベースを限りなく短くした4輪車(ほとんど左右2輪車のイメージ)を想定し、②その仮想2輪車の荷重移動量を2輪車の計算方法で求め、③その結果を前後輪に配分します。具体的な計算式を下記します。

 




しかし、数式だけの説明では納得しにくいでしょうから、以下に考え方のプロセスをご紹介します。
計算は、大まかな傾向を知るのが目的ですから、シンプルな簡易計算で進めます。

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①同じ2輪車を2台繋げた場合
最初にロールモーメントによる荷重移動量を知るために、ロール角の計算から始めます。
この仮想2輪車の仕様は「車重」と「ロール剛性」が2倍ですので、もう2輪分(赤字)、それぞれに追加すれば良いだけです。
計算式は、分子と分母の「×2輪」同士が整理され、結局、元の2輪車と同じになります。また、計算式が長く煩雑になるので、ロールモーメントのレバーである「重心~ロールセンター高(重心直下のロール軸)の距離」を「hs(m)」として進めます。


・ロール角の計算

・計算=0.5G×5000N×2輪×0.3m÷20000(N・m/rad)×2輪=0.0375rad(2.148deg)

・荷重移動量の計算
ここでも基本的な考え方は元の2輪車と同じです。前後輪のロール剛性を足した数値を1輪分と考えてロール角に見合った全体の荷重移動量を計算し、前後のロール剛性比率で振り分ければ良いだけです。実は、ここでも「車体全体のロール剛性(赤字)」が整理され、元の2輪車と同じ計算ができるのです。



・前輪の計算=0.0375÷1.5m×
40000N・m/rad×20000N・m/rad÷40000N・m/rad=500N・・・①
※この車の場合は前後とも同値です。

次にL字モーメント分の荷重移動を考えてみます。
ここでは、前後輪それぞれの「重量」と「ロールセンター高」、「トレッド」だけが関係するので、前後、別々に計算すれば大丈夫です。



・前輪の計算=0.5G×5000N×0.2m÷1.5m=333.3N・・②

※この車の場合は前後とも同値です。



このように同じ仕様の2輪車を組み合わせた場合、元の2輪車と同じ結果になるのです。荷重移動量は前後輪とも同じ大きさになるので、CPの変化量も同じです。従って、ステア特性には、影響しないことが分かりました。
では、仕様の異なる2輪車を繋げた場合、ステア特性にどのような影響があるのでしょうか。同じ仕様の2輪車を組み合わせた上記の例題車と比べて考えてみます。ここからは、前後輪の荷重移動量の差が出ることに注目してください。


②前輪荷重を120%(1.2倍)、後輪荷重を80%(0.8倍)にした場合 ※車重以外の仕様は同一です。※クリックすると拡大画像が立ち上がります。

ここのポイントは、車体重量は変わらず、前後重量配分が「前輪:後輪=60:40」になることです。

<ロールモーメントによる荷重移動量>
・ロール角の計算
ロール角は、車体重量は変わりませんので例題車と同じです。

・荷重移動量の計算
荷重移動量は、ロール角も前後のロール剛性も同じですので例題車と同じです。


<L字モーメントによる荷重移動量>

前輪荷重は1.2倍ですので、荷重移動量も1.2倍になります。後輪荷重は0.8倍ですので、荷重移動量も0.8倍になります。


  前輪(前後%) 後輪(前後%) 合計(例題車%)
車体重量(N) 6000(60%) 4000(40%) 10000(100%)
荷重移動量 ロールモーメント分(N) 500.0(50%) 500.0(50%) 1000.0(100%)
L字モーメント分(N) 400.0(67%) 266.6(33%) 666.6(100%)
合計(N) 900.0(57%) 766.6(43%) 1666.6(100%)

・計算結果の考察
基本的なパッケージは例題車と同じなので荷重移動の合計は変わりませんが、前後重量配分が変わると、L字モーメントに影響を受けます。この車の場合、荷重移動量は「前輪>後輪」ですので、CPの変化量も「前輪>後輪」になるためUS傾向なります。

③後輪のロール剛性だけを3倍にした場合。※ロール剛性以外の仕様は同一です。 

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ポイントは、後輪のロール剛性が3倍になると、ロール剛性の前後比率は「前輪:後輪=1:3」になり、車体全体のロール剛性が2倍になることです。

<ロールモーメントによる荷重移動量>
・ロール角の計算
車両全体のロール剛性が2倍になり、それに伴ってロール角は1/2に減少します。


・荷重移動量の計算

ロール角が1/2に減少することで、前輪の荷重移動量も1/2になります。後輪は、ロール角が1/2でも、ロール剛性が3倍ですので、「1/2×3」で荷重移動量は1.5倍になります。





<L字モーメントによる荷重移動量>
・ロール剛性以外は、例題車と同じですので、荷重移動量は変わりません。

  前輪(前後%) 後輪(前後%) 合計(例題車%)
ロール剛性(N・m/rad) 20000(25%) 60000(75%) 80000(200%)
荷重移動量 ロールモーメント分(N) 250.0(25%) 750.0(75%) 1000.0(100%)
L字モーメント分(N) 333.3(50%) 333.3(50%) 666.6(100%)
合計(N) 583.3(35%) 1083.3(65%) 1666.6(100%)

・計算結果の考察
基本的なパッケージは例題車と同じなので荷重移動の合計は変わりませんが、ロール剛性は、ロールモーメントによる荷重移動の前後配分に影響を与えることが改めて分かりました。この車の場合の荷重移動量は、「前輪<後輪」で後輪CPの変化量が大きいためOS傾向になります。


④後輪のロールセンター高を1.5倍にした場合。※ロールセンター高以外の仕様は同一です。

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ここのポイントは、前後のロールセンター高が異なるために、それを結んだロール軸が傾き、hs(m)が変化することです。hs(m)は、重心から垂直に下げたロール軸までの距離ですから、重心位置が分かれば、その比率で計算できます。

この車の場合は、前後の重量配分が50:50ですので、ホイールベースの中心に重心があります。従って、hs(m)も、前後のロールセンター高の中心になり、前輪ロールセンター高0.2m(重心高までは0.3m)、後輪が0.3m(重心までは0.2m)ですから、hs(m)はその平均値の0.25m(例題車比5/6)になります。

<ロールモーメントによる荷重移動>
・ロール角の計算
遠心力のレバーになるhs(m)が、例題車比5/6の距離になるため、ロール角も5/6に減少します。



・荷重移動量の計算

ロール角が、5/6になるため荷重移動量も5/6になります。前後のロール剛性は同じですので、荷重移動量の前後配分も同じになります。



<L字モーメントによる荷重移動量>
ここでは、ロールセンター高が高くなった後輪のみ影響を受けます。
荷重移動量は、ロールセンター高に比例します。


  前輪(前後%) 後輪(前後%) 合計(例題車%)
ロールセンター高(m) 0.2 0.3
荷重移動量 ロールモーメント分(N) 416.6(50%) 416.6(50%) 833.3(83%)
L字モーメント分(N) 333.3(40%) 500.0(60%) 833.3(125%)
合計(N) 749.8(45%) 916.5(55%) 1666.6(100%)

・計算結果の考察
基本的なパッケージは例題車と同じなので荷重移動の合計は変わりませんが、ロールセンター高を変化させると、ロールモーメント、L字モーメント双方に影響します。ロールモーメントによる荷重移動は、hs(m)が、0.3mから0.25mに短くなることで小さくなります。 L字モーメントは、ロールセンターの高低が直接影響します。 この場合の全体の荷重移動量は「前輪<後輪」で後輪CPの変化量が前輪より大きいためOS傾向なります。

ここまでは基本的な傾向の理解のために極端な設定で考えましたが、基本的なパッケージ(車体重量・重心高・トレッド)は共通なので、荷重移動の総量は変わらず、その前後配分のみが変化していることに注目してください。次は実際のチューニング効果を検証してみます。

■現実的なチューニング効果の検証
§15で取り扱った車両にチューニングを加えて、その効果を検証します。走行条件は前例と同じ、チューニング内容は下記の3通りとし、それぞれの荷重移動量を計算します。ここでは、ローダウンによる重心高の低下の影響だけでなく、現実に即して重力によるロールモーメントを考慮した厳密な計算の結果、荷重移動の総量が変わります。また、その前後配分の変化にもご注目ください。

チューニングパーツ 主な仕様
大径スタビライザー バネ定数変化率:前輪140%/後輪200%
ローダウンスプリング バネ定数変化率:前輪140%/後輪120% ・車高:-20mm

タイヤの構造2

 ■ケーススタディと結果(荷重移動)の確認
荷重移動量 前輪(N) 後輪(N) 合計 ロール角
(deg)
標準比
N 標準比
①大径スタビライザーのみ
ロールモーメントによる荷重移動 598.8 445.1 1043.9 98.7%

1.81
(99.1%)

L字モーメントによる荷重移動 146.6 306.0 452.6 100.0%
合計(前後%) 745.4(49.8%) 751.1(50.2%) 1496.5 99.1%
②ローダウンスプリングのみ
ロールモーメントによる荷重移動 595.6 456.5 1052.2 99.5% 1.85
(95.0%)
L字モーメントによる荷重移動 111.5 270.9 382.55 85.1%
合計(前後%) 707.2(49.2%) 727.5(50.8%) 1434.7 95.0%
③大径スタビライザー+ローダウンスプリング
ロールモーメントによる荷重移動 599.5 443.1 1042.6 98.6% 1.57
(94.4%)
L字モーメントによる荷重移動 111.5 270.9 382.5 84.5%
合計(前後%) 711.0(49.8%) 714.1(50.2%) 1425.1 94.4%
(参考)標準車
ロールモーメントによる荷重移動 595.0 462.0 1057.0 2.19
L字モーメントによる荷重移動 146.6 306.0 452.6
合計(前後%) 741.6(49.1%) 768.0(50.9%) 1509.6

ケースによって差はありますが、いずれもロール角と荷重移動量が減少すると共に、荷重の前後バランスが50:50に近づき、ステア特性も感性工学的に良い傾向になることが分かりました。

■荷重移動によるステア特性のチューニング
以上、ステア特性のチューニングは、前後の荷重移動量で調整できることをご理解いただけたと思います。例えば、アンダーステアの強い車は、後輪のロール剛性を高めて、前輪から後輪へ荷重移動配分を移すことで、アンダーステアを和らげます。反対にオ-バーステアの車は、前輪のロール剛性を高めて、オーバーステアを和らげるのです。
荷重移動量はロールセンター高によっても大きく変わりますので、前後のサスペンションのレイアウトを変えてステア特性をチューニングすることもできます。しかし、単にhsを小さくするようなチューニングでは、結果的にステア特性のチューニング巾を狭めることになり、その車の素性である前後輪重量配分の特性がそのまま現れます。

重量配分に起因するステア特性の悪さを改善しようと、前後のロール剛性比を変えれば、より大きなロールモーメントが必要になり、結果として、総合的に動的感性のポテンシャルが低い車になってしまいます。さらに、そのモーメントを伝達するためにはボディの前後輪間のねじり剛性を高くしなければならず、大きな重量増加が必要になります。
このように考察すると、ロールに関するチューニングは、あくまでも慎重に、きちんとした計算をベースに行うことの大切さがお分かりいただけると思います。当然、素性の良いベース車を選ぶことも必要です。車の基本設計の時点で、①重量配分を良くし、②重心高を低くし、その上で、③ロールモーメントアーム(hs)が小さくなるロールセンターを設定する…という一貫した思想で作られた車 (まさにロードスターのパッケージング!) が理想です。量産車のチューニングでは、その基本の上に、ほんの少しだけドライバーの好みを反映させる節度が肝要です。

今回の講義では、またまた微小な数値にこだわったと思われるかも知れませんが、ほんの少しの調味料の差が味の決め手になることは、食の世界とも通じるものだと思います。人間とは、そのように繊細な感性を持った生き物なのでしょう。
しかし、ロールに関する動的感性には、まだ検討課題が残っています。今回は定常円旋回でロール角度が変化しないケースを扱いましたが、実際のコーナリングではGの変化でロール角度が変化するので、その角速度や角加速度といった変化率の影響が出てくるのです。次回は、このロールの過渡特性、つまり「ロールの味」をテーマに講義する予定ですので、楽しみにお待ちください。